勘亭流とは

安永八年(1779)江戸堺町の書道指南・岡崎屋勘六が、同町中村座の座主である

九代目中村勘三郎の依頼を受け、初春狂言『御贔屓年々曽我(ごひいきねんねんそが)』

の大名題看板を揮毫し、不入り続きであった中村座の興行が大入りに転じた事が

きっかけとなり、勘六の書が評判を呼ぶこととなる。

勘亭流の名前の由来は勘六の号“勘亭”から来ており、つまり勘六の書風を意味している。

この書体には良い縁起を担ぐ文字としての三つの大きな特徴があり、


一、角を尖らせず丸みを帯びる事によって、興行に関わる全ての無事円満を願う 

二、客席が埋まるようにと墨黒々と隙間なく、たっぷりと書き大入り満員を願う 

三、お客を招き入れるように撥ねは外にではなく内へ撥ね、興行の大当たりを願う 


宣伝手段の乏しかった時代に生み出され、デジタル全盛のこの時代にまで脈々と受け継がれ

芝居(歌舞伎)の世界を表現する文字として”文字で見る歌舞伎”とも言われております。

良い縁起を担ぐ文字、勘亭流を少しでも身近に感じて頂ける様、

お手伝い出来れば幸いです。